「地方に住みたい気持ちはあるけれど、何がきっかけで、どう決断すればいいのか分からない」。そう感じている会社員の方は少なくないと思います。私も同じでした。2021年、東京から大分市への移住を決断したのは、コロナ禍でのテレワーク定着という会社の変化と、夫婦で一致していたある価値観がきっかけです。この記事では、決断から実行までの半年間を、当時の意思決定プロセスごと振り返ります。今振り返ると、この移住こそが、後にいいログとして続いていく暮らしと事業のすべての起点でした。
テレワークの定着が、大分移住を選択肢に変えた

2020年春、コロナ禍をきっかけに勤務先ではテレワーク化が一気に進みました。出社が前提だった働き方が、気づけば自宅からの勤務が標準になっていたんですが、これは自分にとってかなり大きな環境の変化だったんですよね。
そして間もなく、勤務先のテレワーク推進によって、特別な理由がなくても地方に住みながら働ける制度が使えるようになりました。当初の対象には、大分県も含まれていました。
もともといつかは東京を離れたいと考えていたところに、地元でもある大分県が対象になったのは、正直かなりのチャンスに感じました。ここで初めて「移住」が絵空事ではなく、実行可能な選択肢に変わったんですよね。
「東京に骨をうずめるつもりはない」という夫婦の一致

移住を具体的に検討し始めた背景には、以前から持っていた価値観があります。東京での暮らしは、若いうちに経験する価値はあるものの、生涯そこに骨をうずめる場所ではないという感覚です。
私も妻もそれぞれ違う地方の出身で、この点については夫婦の意見が最初から一致していたんですが、これは移住を決める上でかなり大きな支えになりました。「実家に近いなど所縁のある地域がいい」「程よく便利な地方都市がいい」という条件も、二人でほぼ同じ温度感で共有できていました。
移住の話を持ちかけたところ、妻は迷いなく快諾してくれました。この反応の速さは、自分でも少し拍子抜けするくらいだったんですが、価値観の一致がすでにできていたからこそだと思っています。
大分か福岡か、まず大分を試すという選択

移住先の候補としては、大分だけでなく福岡も頭にありました。夫婦それぞれの実家へのアクセスや利便性を考えると、福岡は最適な地の一つに思えたんですが、この時点では勤務先の制度上、まず対象になっていたのが大分県でした。
そこで、遠隔勤務がさらに自由化されるまでは、まず地元でもある大分に住んでみるという作戦を取ることにしました。福岡を完全に諦めたわけではなく、大分を最初の一歩として試す、という位置づけです。
結婚式から移住まで、半年間の実行スケジュール

移住を決めたとはいえ、当面は2021年5月に東京都内で予定していた結婚式の準備が最優先でした。その後は結婚休暇を使って新婚旅行に出かけました。ようやく移住計画に本格着手できたのは初夏以降だったんですが、この順番を崩さなかったのは今振り返っても正解だったと思っています。
結婚式・新婚旅行を終えたあとは、短期のワーケーション形式で大分市に滞在しながら、仕事をしつつ物件を探しました。引っ越しまで含めて2021年8〜9月頃に移住する見通しで動き、実際にそのスケジュール通りに大分市への引っ越しを終えました。
結婚式から引っ越しまでおよそ半年、決断から実行までのスピード感としては、我ながらかなり詰め込んだ方だったと思います。
物件探しは、1日で4件ほどまとめて内見して回りました。そこで最終的に決めたのが、分譲マンションの賃貸物件です。
それまで賃貸といえばアパートしか住んだことがなかったんですが、分譲マンションを借りるという選択肢があること自体、このとき初めて知りました。分譲は本来、購入した人しか住めません。だからこそ設備や内装のクオリティが、一般的な賃貸アパートとは比べものにならないほど洗練されていたんですよね。
しかも家賃は、東京で住んでいた1DKとほぼ同じでした。同じ支払いで住まいの質が明らかに上がる。この体験が、移住直後の満足度をかなり押し上げてくれたと思っています。
移住を決めた時点で見えていた、次の展望

移住を決めた2021年の時点で、すでに次にやりたいことも見え始めていました。故郷でもある大分を妻に案内したいという私的な楽しみに加えて、経済的自由を目指す取り組みとして、不動産投資への関心がありました。
不動産投資には攻め方の方針が色々あるんですが、個人的には地方×戸建て×中古という組み合わせが性に合うと感じていました。ただこの方針は東京在住のままでは実行しづらく、地方に移住したら本格的に始めたいと、この時点ですでに言語化していました。
株式投資に割いていたリソースの一部を不動産に振り向ける形になりますが、大分への移住は、暮らしだけでなく資産形成の面でも新しい選択肢を開いてくれるものでした。
まとめ|これは大分移住の始まりであり、いいログの起点だった

2021年の大分移住を振り返ると、要点は次の3つに整理できます。
- テレワーク定着によって、地方移住が現実的な選択肢に変わったこと
- 「東京に骨をうずめない」という夫婦共通の価値観が、決断の土台になっていたこと
- 結婚式→新婚旅行→ワーケーション物件探し→引っ越しという半年間のスケジュールで、迷いなく実行に移せたこと
この記事を書くにあたって、5年ぶりに当時の記録を読み返しました。そこで感じたのは、自分は5年前も、今と同じことを考えていたんだな、ということです。
会社員という働き方をどう抜け出して、自由に生きるか。その問いは当時から一貫していました。住む場所を地方へ移すという選択を早い段階で実行に移したことは、今のRyukaという事業の形にまっすぐつながっています。一つひとつの行動は、その時はバラバラに見えても、後から振り返ると線でつながって人生になっていくのだと思います。
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